引き続きオーディブルで本を聞きながらイチジクに肥料あげたり剪定作業、ニンニクの芽を摘んでおります。
やさしいがつづかない 稲垣諭さん著
やさしいが続かないことについて書かれていました。
個人的には読んでいた時、いまいちしっくりこないなと思っていました。
やさしさの定義が、自分のコントロール権をゆだねること、悪意の定義が、自分が損をしてもいいから、相手のコントロール権を握ろうとすること、みたいについて書かれていたのは初めての概念だったので非常に印象的でした。
このことについて金太郎あめのように言葉を変えてずっと同じことを言い続けていたような気がします。
人にやさしくするには、自分の環境を整えることが大切。
お金、時間、健康が自分にとって満足している環境がそろっていれば人は優しくなれる。
逆にこれがそろっていないと人にやさしくできないそうです。
というか、そもそも優しいの語源は痩さす、みたいな感じで自分を削って相手に与えるみたいな感じなのでけっこうむずい、という話もしていた気がします。どこかの国民的ヒーローみたいですね。
なので、そもそも人にやさしくすることは激むずで、奇跡のようなこと、と定義してくれています。
逆上して、優しくなれていなかったら、今コントロール権についてどうなっているか一度客観的になることも必要、と言っていたような….。
最初読んだときは、人にやさしくなれないときって、そんなケースだけではないような気がするなと思いました。
職場に嫌な人がいて、どうしてもかかわりを持たなければならず、常に自分のことをコントロールできないときとかどうしたらいいんだ!とか、当てはまらない事例が多いような気がして、なんだこの本!、レビュー荒れてるだろ!って思ってアマゾンのレビューみたらかなりの高評価でした。
絶対こんなのおかしい、何か仕組まれている…と思ってレビューを漁っていたらみんなが自分が刺さった部分を挙げていて、なるほど、確かにそういっていたな、なるほど、確かに優しい本だったなと自分がオーディブルで聞いていた時は冗長的で同じことを羅列して、解決策を提示してくれていないなぁと思って聞き流していた部分の大切さに気付きました。
そこで、あれこれもしかして今私が余裕がないせいでこの本を受け入れられていないだけ…?と仮定するに至りました。
優しいが続かないことに解決策を提示してくれていなくて、この本おかしい!レビュー荒れてるやろ!ってなるのは自分に余裕がないせい…?って気持ちになってきました
直近で、あまり生前かかわりのない人の葬式を全面的に協力する必要があり、自分のコントロールの外すぎることに二日ほど時間を使っていたことで疲弊していた、かつ、お葬式なのに積極的にお手伝いできる献身的な心を持たない自分ってきもすぎるし、人として終わってるな、どうしたらもっと優しくなれるかなって考えていた時だったので、もしかしたら余裕がなかったのでは…と思いました。
この葬式の手伝っているあいまに、この本はどうすればやる気がでるといっていたっけ、、、と思って色々聞きなおしましたが、この本は体系的に自分の富、健康、時間の余裕を持つように伝えるのみで、実際に自分のコントロール権を他社にゆだねていなければならないときの対応策については何も触れていません。
ただ、困ったときは誰かに相談した方がいいよ、筆者自身も余裕があるときだったら相談に乗るのでききますよと伝えるだけでした。
これが直近の課題の解決策を求めていた私にとって、大変歯がゆく感じたのかもしれません。
なんだか複雑な気持ちになった本でした。
やさしさの哲学書として、最適なのかもしれません


コメント